あっぷりノート

走る、を創る │ あっぷり工房

旅、ギア、サプリ、マインド、トレーニング ── “走る”は創れる

【詳報】ランニング後に熱中症で救急搬送されました

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穴があったら入りたい!でも自業自得なので、叩かれることを覚悟で報告します。

ひとりでも多くの方が、同じ経験を避けられることを望みながら。

応急処置・看護・診察してくださったすべての救急隊員、医師、看護師の皆さまに感謝申し上げます。

概要

  • ランニング内容
    • ランニング時間 2時間
    • ランニング距離 22km
    • 強度 Eペース
    • 週間走行距離 64.2km
  • 外的環境
    • 気温 28℃前後
    • 湿度 65%
    • WGBT 26(警戒)
  • 休息・補給
    • 前日の睡眠時間 7時間
    • ラン前の補給 水150ml+塩タブレット
    • ラン中の休息時間 25分毎に5分ずつ
    • 休息中の水分補給 経口補水液 100ml
  • 症状
    • 症状 全身の痺れ・強い筋痙攣、軽い吐き気、意識あり、高熱なし
    • 診断結果 軽度の熱中症(主に脱水)

文字におこすと大したことがないように見えてしまいますが、今までに味わったことがない壮絶な苦しみを味わいました。

以下、覚えている限りで詳述します。

ランニング内容

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ランニングは2時間弱の22km。

2週間前にDNFした目的地へリベンジ。


出走前には経口補水液コップ1杯(約150ml)と塩分チャージを補給。

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いつもの調子で出走前に記念撮影


気温(28℃)も湿度(65%)も2週間前より低かったし、曇っていたのでラッキーと出走。

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しかし、そこに油断が潜んでいました。


ポモドーロテクニックを駆使し、25分毎に休憩を取りながら100ml前後の給水をしていました。

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小川では水を浴び、日陰でも小休止


目的地にも無事たどり着き、順調に帰ってきたのですが…18kmくらいで急に足が止まってしまいます。

少し休んで22kmまで頑張ったけど、もう走れない…

上記が当日走ったルートですが、ご覧のとおりスタート地点まで走って戻りきれず中断。

ラスト力尽きて、自宅までの残り1.5kmを歩くことになってしまったのです。


歩きながら家まであと少しのところで吐き気を催し、ヤバいと感じて家の手前の別のお宅の駐車場にある日陰でストップ。

あと少しなのに数mが歩けず、しばらく休んでも快方に向かわないため、プライドを捨てて妻にLINE電話しました。

妻へ緊急電話

今までランニング中に電話なんかしたことなかったので、すべてを悟ったかのように妻が

「どうしたのッ!?」

「ごめん…○○にいるから水持ってきて…」

このときもう上半身が痺れており、電話を切ることさえできませんでした。


意識が遠のきそうになる中、遠目に妻の姿が見えた瞬間

(助かった…)

と安心したのを覚えています。


ありがとう…と力なくアクエリアスを受けとりましたが、ペットボトルのキャップさえ開ける力がありません。

妻に開けてもらい、少しずつ飲みながら様子をみます。


まず、口から給水できたことは幸いでした。

重度だと本当に給水を受けつけず、下痢や嘔吐を発症してしまうようなので。


ゆっくりと500mlを(たぶん)飲み干したと思いますが、一向に痺れが改善しません。

(ここから移動することはまず無理だし、帰宅したところで快方に向かう見込みはない…)

そう判断し、このご時世に申し訳ないと思いながらも、119番をお願いしました。


救急車を待つあいだ、近所の方が扇風機を持ってきてくださったり、休ませてくださったりしました。

ご迷惑をおかけしてすみません。そして、皆さん本当にありがとうございます。


もはやランニングキャップも自分でとれず妻に取ってもらい、シューズの靴ヒモをほどいてもらうようにお願いしました。

ありがとう。


救急車は10分くらいで到着したとおもいます。

いざ自分が乗ることを思うと、あのサイレンの音が近づいてくるのは安心するものですね。

初めての救急車

救急車が到着し、担架を下ろしてもらうも、自力ではまったく動けず、救急隊員3名ほどに抱えられ、担架に乗せていただきました。

汗ベタベタなのに、すみません。


意識が朦朧としていたため、記憶が曖昧ですが、救急車に入ってからすぐに体温計測だったと思います。

熱中症という通報でもあったし、新型コロナのこともあるからです。


その後、内科で受け入れ可能な病院をあたっていただいている最中に

  • 何時から何時まで
  • 何km走っていたのか
  • 途中の休憩時間
  • 途中の給水量
  • 持病はないか

などをカンタンに聞かれました。


外では妻が私の身分証明やQ&Aを代わりに対応してくれていたそうです。

ありがとう。


ちなみに発熱はなかった(確か36.7℃くらいだった)のでアイシングはしないとのことでした。

そういえば不思議と頭痛はありませんでしたね。


血圧は血管を圧迫すると良くないとのことで、病院に近づいてからにしようと、救急隊員同士での会話の中で聞こえました。

お気遣いありがとうございます。


その間、指で脈拍を計測するパルスオキシメーター?のようなものを装着していた気がします。

結果的に脈にも心拍にも異常はなかったようです。

痙攣との戦い

諸々のヒアリングや計測を行っている間、脚が攣りそうだったので、1名の救急隊員の方がずっと脚を伸ばしてくださっていました。

「右脚が攣りそうです…」
「あ、今度は左が…」

いま思えば散々なわがままでしたが、

「どっちが痛いか指示してくださいね!」

と優しく声をかけていただき、献身的にマッサージをして頂いていた様子は今思い出すと感謝で涙しそうです。


ホントに「せめてお名前だけでも…」という気持ちです。

この場を借りて御礼申し上げます。


受け入れ可能な病院が決まり、妻にも病院名と保険証を持って向かうように指示されたそうです。

救急車が走り出しました。


が、全身の痺れがだんだん痙攣に代わり、右脚の脹脛が最初に攣りました。

次に左脚が攣り、そのまま腿まで攣ります。


最期は全身が痙攣してしまい、ホント恥ずかしながら声を出して悶絶してしまいました。

こんなに激しく攣ったことはありません。


初めてのフルマラソンでも全身攣りましたが、ストレッチしながらなんとか堪えられましたからね。


病院につくまでの間、救急隊員の方が必死で脚を伸ばしてくれました。

「すごい攣り方だ…」

と隊員さんがこぼすくらい、強い張り方だったようです。


激痛によって意識が遠のきそうでしたが、おかげで何とか堪えられました。

ありがとうございます。


もう何分乗っていたかは記憶がありません。


しかし、すでに助けて頂いてるのにもかかわらず「助けて…」と唸っていた記憶はあります。

すみません。

病院に到着

しばらくして、車内に「びょうちゃくです」とアナウンスが聞こえました。

地獄のように悶絶していたのに、「病着か」と瞬時に変換できたあたり、意外と冷静だったのかもしれません。


「もう着きますからね!頑張ってください!」

私より頑張ってるはずの隊員さんから声をかけられ、痛さと申し訳なさとありがたさでまた涙してしそうになります。


しかし、ここからがいちばん気が抜けませんでした。

まず、上半身が痺れで硬直し、勝手に両腕が上に上がっていたのですが、下ろさないと担架のベルトが締められず、車外に出られないようなのです。

痺れているので少し動かすのにでも痛い。


激痛をこらえて腕をたたむと、隊員さんが

「ごめんね、痛いよね」

とこれまた、優しいんです。

謝りたいのはこっちのほうなのに…


そして、いよいよ痛みのピークがやってきます。

やむを得ないのですが、救急車から担架を下ろすタイミングで緊急隊員のマッサージが中断されたのです。

すると、脚の攣りが大腿筋をとおして最高潮に達し、恥ずかしながら泣きそうなくらい悶えました。

痛さで気を失うとはこういうことか…と意識の向こう側が垣間見えた気がします。


ご時世柄、病院内に入る前にもう一度体温を測らなければならないそうで、炎天下の中、この時間にダメ押しされます。

それでも体温は36.9℃。

意外と上がっていませんでした(何故かこういう数字は鮮明に記憶に残っている)。


ちなみに救急車に乗ってからはほとんど目は開けられておらず、視覚以外の五感で雰囲気を感じとることしかできていません。

病院に入ったのも、暑かった外気からフッと涼しくなったことで、察知できました。


病室でも依然として、脚が…脚が…ともだえるので看護師さんたちが、入れ替わり立ち代わり、脚を伸ばしてくださりました。


ここで、いつの間にか救急隊員さんから看護師さんへバトンタッチされていたことに気づきます。

救急搬送という任務を遂行し、颯爽と次の現場へ向かう隊員さんに尊敬の念を抱かざるをえませんでした。


ありがとうございます。

あんなカッコいい仕事、自分にできるかな。やれてるかな。


色んな反省が頭を駆け巡ります。

生命の点滴

一転、病室では違った声かけを頂きました。

「苦しいと思うけど、ゆっくり呼吸して。余計痙攣しちゃうから」

痛みに悶絶する私に、看護師さんが優しく声をかけてくださります。


確かにそうだ、走ってるときもそうだ。

ラクに呼吸をしよう。


そして、いよいよ点滴です。

「今から点滴の針を指すからね。痛いけどガマンしてね。」

もう徹頭徹尾、みんな優しい。


「脚のほうが痛いんで大丈夫です…」

きっとこれでラクになれる!という想いから、自然と語気が強まりました。


点滴は右腕に打っていただいたのですが、いつの間にかまた痺れて上に上がっていたようです。

「腕を下げられるかな。その方が点滴が行きわたりやすくなるから」

依然、痺れはあるものの、救急車内よりは比較的ラクに腕を動かせました。


それからどのくらいか分かりませんが、しばらく一人で横になっている時間があったと記憶しています。

脱衣未遂

1袋目の点滴がなくなったころ、看護師さんが交換にいらっしゃいました。

今思うと、彼女が担当の看護師さんだったようです。


「今日の暑さは酷いみたいね、ウチの息子も朝釣りにいって暑い暑いってスグ帰ってきたもん」

(そうですね、私は魚じゃなく脚攣ってましたが)なんて冗談をいう余裕はなく

「そうですね、油断しました…」

看護師さんたちの激励により、すこし平静を取り戻し、いつの間にか痙攣が収まり、ラクになっていたことに気づきます。


あ…コレで生きて帰れるかも…

この辺りで、ようやく目を開けることができました。


目を開けると、無機質な天井と白いレールカーテン、そして吊るされた3つの点滴が、視界に飛び込んできました。

(点滴は一袋500ml、3袋で1.5Lか…)


看護師さん曰く、全身に点滴を行きわたらせるためにカラダを締めつけているものを外したい、ということでウォッチやランニングベルト、靴下を脱がして頂きました。

寝たまま、されるがままに。


これまた、いつからシューズを脱がされていたのかはまったく覚えていません。

そういえば、知らぬ間にサングラスは外され、いつの間にか妻の手に渡っていました。


ただ、一つだけハッキリと首を横に振ったことも覚えています。

「私としてはこのタイツも脱がしたいんだけど。」

と云われたときでした。


だって、ノーパンだから。

しかし、そんなことは云えず、膝がまだ曲げられないので…と別の理由をつけて断りました。


すみません。

そこは理性があったようです。

家族の面会

「ご家族が到着されましたよ」

落ち着いたころに、看護師さんから告げられました。


「合わせる顔がありません」と半笑いで拒みましたが、ほどなくしてレールカーテンの間から、ひょいと妻が現れました。

私の内心を察知していたであろう妻は、控えめに笑みをのぞかせ、私は「申し訳ない」と苦笑いで返すことしかできませんでした。


余談ですが、後で妻に話を聞いたところによると「パパが救急車で運ばれたから、病院に向かうよ」と子どもたちに告げた時のこと ──


長男(8歳)の反応は

「えっ、大丈夫なの!?」

と心配してくれたにもかかわらず、

長女(6歳)は

「えっ、もう死んでたらヤバくねw」

だったそうです。


クソッ、しかし今回に限っては何も云えねえ…

これも今となっては笑い話になってよかったです。


が。

病室内ではまだ次なる魔の手が忍び寄っていたのでした。

刺客の寒気

点滴の3本目が終わり、だいぶ落ち着いて来た頃に襲ってきたのが、寒気です。

なんせランニング後に着替える間もなく搬送されたので、走った後のウェアのまま。


全身が汗がベタベタで、涼しい院内だとだんだんカラダが冷えてきました。

ホント、悪臭を放っていたと思うと心苦しいです。申し訳ありません。


しかし、頭を下げている余裕はありません。

(さ、寒い…)

最後だと思い、看護師さんにわがままを云おうとしたところ

「寒そうだね」

もう、なんでも察知してくれるんですね。


着替えもないので、わざわざICUの病衣を持ってきていただき、布団までかけてもらいました。

本当にありがとうございます。


もうとにかくひたすら「すみません」「ありがとうございます」を連呼していた気がします。

自業自得なので。

最期の診察

体が温まり、ようやくまともな会話ができるようになったタイミングで、妻も同席のうえで医師の診断結果をききました。

血液検査の結果は「軽度の熱中症」。


いつの間に血を抜かれていたんだ?という驚きもありましたが、何より

(えっ、こんなに苦しくて軽度なのッ!?)

ということに驚いてしまいました。


と同時に、重度はもっとヤバい。ゼッタイ重度になってはいけないと思いました。


さらに医師がつけ加えるところによると

  • 普段から運動していたこと
  • ランニング中に給水をしていたこと
  • 発症後、すぐに救急へ連絡したこと

が不幸中の幸い、軽度で済んだと云われました。


ただし、軽度ではあるものの「特に脱水が強くあらわれている」とのことでした。

「2時間の運動にしては水分補給が足りなかったのかもね」

「今日はスポーツドリンクか経口補水液を2リットルくらい飲むようにしてください。症状が再発する場合はまた受診してください」

と。


後遺症は激しい筋肉痛のみ。

これは熱中症の影響ではなく、痙攣時に筋肉が破壊された影響なので、じきに治るとのことです。


最低でも2日は安静。

「明日明後日は走らないように」

との忠告をうけました。

「明日明後日どころか、しばらく走れる気がしません」

自業自得ですが。


最後に簡単なテストを受けます。

  • 自力歩行が可能か
  • 口から飲み物が飲めるか

もしいずれかが満たせないなら入院になるとのことでした。

飲み物を口から飲むのは余裕でした。


しかし、歩くのは…自信がありませんでした。

何せ、先ほど病衣に着替えてたときに上体を起こして座るのすらキツかったからです。


体中の筋という筋が痙攣をおこし、筋肉痛としてダメージが残っています。

とくに脹脛がひどく痛む。


けれど、今までさんざんマラソンで攣ってきたので、ヨチヨチ歩きで歩けなくはない。

結果、帰宅という判断が下されました。


「車椅子持ってきますね。院内はこれで移動して頂いて結構です」

一部始終をみていた看護師さんは先手先手で動いてくださいます。


もう、ホント。何もかもすべてありがとうございます。

驚愕の会計

「おお、こりゃラクだ」

これまた人生初の車椅子です。


診察室の前で子どもたちと合流し、会計へ。

待っている間、長男は日本史のマンガを熟読していたようですが、娘は私の回収されたスマホを勝手にいじって遊んでやがった (# ゚Д゚)プンプン

しかし、今回ばかりは何も言えねえ。


ここでランニング終了以来、はじめて時計を見たのですが、もう4時間くらい経っていました。

みんな、待たせてごめんよ。


待合には患者さんがほとんどおらず、ほどなくして会計で名前を呼ばれました。

妻に領収証を見せてもらい、金額をみて驚愕。




に、2900円ッ?




これだけ迷惑かけておいて、それはあまりにもおそれ多い。

申し訳なさすぎて、なぜか妻の大好物「カールスバーグ」を2ダース注文してしまいました。


病院へは、また別のカタチでお返しできればとおもいます。

1日経過後の様子

とにかく歩行が困難だったので、翌日は仕事を休ませてもらうように調整しました。


1日が経ち、脹脛を中心とした激しい筋肉痛は残っています。

が、それ以外の体調に異変はありません。


朝食もしっかり食べられますし、排泄もしっかりできているので、内臓がやられた気配もありません。

これくらいの文章が書けているので、脳がやられたりもしていないようです。


ゆえに軽度だったと云われるのでしょう。

熱中症の程度

熱中症の程度には

  • 軽度
  • 中等度
  • 重度

の3分類があります。

大阪労働局のサイトが分かりやすかったので、引用させていただきますが ──

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確かに私の場合、意識も体温も発汗も正常だったので軽度だったと云えばそうなのかもしれません。

しかし、症状としての「筋肉痛・筋肉の硬直」がヒドすぎたのだとおもいます。


これは私に限らず、全ランナーに起こりうることだと考えるのです。

ランナーの場合

熱中症の症状としては軽度なのかもしれませんが、筋肉の痙攣が尋常ではありません。

尋常ではないんですッ!
 
大事なことなので、もう一度いいます。


筋肉の痙攣が尋常ではありません。


痛さゆえに「ああ、ヒトはこうやって気絶していくのか…」と思った瞬間さえありました。


皆さんには、ゼッタイに経験してほしくない痛みです。


これが云いたくてこの記事を書いたと云っても過言ではありません。

水分補給はとくに気をつけてくださいね。

謝辞

最後に。


ご近所の皆さま。
救急隊の皆さま。
医師・看護師の皆さま。

この大変なご時世にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

にもかかわらず、献身的に処置してくださったこと、大変感謝しております。

本当にありがとうございました。

もう足を向けて寝られません。


そして、読者の皆さま。

温かいコメント、励みになりました。

しっかり反省して、出直してきます。


そして愛する家族。

── あえてここでは云わない。やっぱり直接伝えなきゃ。

と思い、病院からの帰りの車内で、家族で話していると。


娘が放った一言が、今回助けてくださった全員が思っていたであろう気持ちを代弁していました。








もうランニングやめたら






子どもは時として無情である。

《完》