あっぷりノート

あっぷりノート

大きなお世話を、小さなお世話に。

サンクチュアリを侵さず、ミニマムに徹する

《ToppleDown》の反省、第2弾です。

 

(1)気分がのらない
(2)大好きすぎる
  イメージを大好きなバロック音楽にしようと決めてしまったため、こだわりが邪魔をして自分自身にGoサインが出せずにいた

(3)スキルがない

(4)お手本にしばられる

 
高みを目指しすぎて足がすくまないように心がけたいこと。
 

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photo credit: iko via photopin cc

 

▼こだわりと執着は違う

バロック音楽は大好きです。鎮魂歌をはじめ、葬送曲とか受難曲はバロックの醍醐味ですよね。
 
とくにバッハのオルガン、チェンバロ曲やフーガなんかは生唾ものです。
(余談ですがバロック音楽はむしろ王室音楽が盛んな時代だったようですが、バッハのせいで暗黒なイメージが強いみたいです。特にフーガの対位法や通奏低音は当時はすでに時代遅れだったらしいですからね
 
大好きゆえにこだわりもハンパないです。
 
どうしても好きな曲に追いつきたい気持ちが先走ってしまい、理想と現実のギャップに手戻りが発生したりします。
時代性や地域性を重んじると、クラリネットは使わない、異国の楽器は使わないとか余計な知識が行く手を阻みます。
 
愛するあまり、なかなか納得のいく結論にたどり着けなかったのです。
 
 

▼カリスマはそっとしておくほうがいい

どこかで話したことがあるような気がしますが、相変わらず覚えちゃいませんので、また書いときます。
 
ドヴォルザークの《新世界》が大好きでした。ハマったのは中2の頃だったと記憶しています。交響曲の中でも全楽章白黒はっきりしてて、クラシックのわりに分かりやすかったんだと思います。
 
大学に入って、「バイオリン」っていうハイソな楽器を弾いていた時期がありました。
 
そこで《新世界》を演奏する機会がありました。
 
分解することでさらに感動するってものあるんだけど、それは完全に演奏者目線で。頭を使わずに聴くんであれば分解しすぎないほうがいいと思っています。
 
楽譜を読んだり、ゆっくり弾いてみたり、運指を工夫したり、演奏するってことは少なからず分解する行為になる
 
演奏してみて初めて、演奏できないことに感心するってこともあります。宇宙の真理はうまくできていて、感動するものは弾けなくなっているようです。
 
逆に弾けるようになってしまうと、聴いていて心底感動できなくなってしまうような気がします。
 
ちなみに私にとっての聖域はこれ↓この曲に出逢って、大学でオーケストラをやろうって決めたんです。
 
バンドスコアが出回ってるのも見たことないんで、もうコピーするなっていうお告げなんだと思ってます。
 
 

▼まとめ ~夢はでっかく、努力はちっちゃく~

お手本を目指しすぎると「理想と現実のギャップ」にがっかりして、モチベーションが下がってしまうことがあります。
 
きれい事を云いたいわけではありませんが、「千里の道も一歩から」といいます。その「一歩」をリリースしていくのが、アジャイルです。
 
カリスマに盲進することなく、身の丈に合った作品を一歩いっぽ作っていきたいです。
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